【パンダ知識】パンダの歴史

 パンダの歴史を話すと、話が長くなります。今まで最古と見られるの中国雲南省の禄豊と元謀で発掘されたパンダの化石で、地質から見る年代は800万年前の中新世晩期です。過酷の生存競争と自然選択に負けて絶滅した同時代の数多い動物と比べ、強者とも言えるパンダは「生きている化石」としていままで生きてきました。

 文字があって以来パンダに関する各種の言い方があることから、中国人のパンダに対する認識が大昔からあることが分かるでしょう。「書経」にはパンダは「貔」と呼ばれ、「毛詩」には「白羆」、「蛾眉山志」には「貔貅」、「獣経」には「貉」、李時珍の「本草綱目」には「貘」など、昔からパンダの呼び方がたくさんありました。

 1869年3月、フランスの博物学家アルマンド・デイビッド神父(1826.9.7—1900.11.10)は、四川省雅安宝興県の鄧池溝チャーチの近くで考察した際、地元の人に白熊や、花熊と呼ばれた動物の気配に気づきました。地元のハンターの力を借りて得た標本から、神父はこの動物の体に白黒の毛が混ざっていて、足の裏に毛が多くて、外見が熊に似ていることが分かりました。その後フランスまで運ばれたこの標本と骨格が、パリの自然歴史博物館科学家アルフォンス・ミラー・エドワーズに新種だと鑑定され、「猫熊」と名付けられました。これに関する鑑定報告は1869年の「パリ自然歴史博物館の新ドキュメント」に発表されてから、野生に隠れていたパンダが人間の視野に入ってきたのです。
 

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